第35回 手嶋 守 氏 | 株式会社 手嶋屋 代表取締役


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今回はOpen PNEの生みの親である株式会社手嶋屋の手嶋守社長にお話を伺いました。一見和風な雰囲気の「手嶋屋」の社名には、手嶋社長の仕事に対する熱い想いが隠されていました。パソコンとの出会いや株式会社手嶋屋の創業当時の苦労、SNSに特化した理由など手嶋屋本社で約1時間程お話を伺いました。
手嶋 守 氏
- 株式会社 手嶋屋 代表取締役
1979年、東京都生まれ。東京理科大学理工学部卒業。大学卒業後2002年3月に携帯関連のコンテンツの開発会社として「手嶋屋」を起業。 2005年に自社開発のSNSエンジンを「OpenPNE」としてオープンソース化し、日本で初めて「レシピを配ってレストランを開く(ソフトは無料・サポートは有料)」オープンソース・ビジネスを展開。現在、国際機能を搭載した「OpenPNE 3.0」を開発中。著書に「図解でわかるiアプリプログラミング」(日本実業出版)、監修書に「OpenPNE によるSNSサイトの構築」(秀和システム)など。
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4歳だったのか7歳だったのか覚えていないくらい薄っすらとした記憶なのですが、最初にパソコンに触れたのは確かMacだったと思います。翻訳家のおじさんが、Macを使って物を書いていたんです。そのおじさんの家に行っては、マウスをいじっていました。何故かデスクトップにあるアイコンをゴミ箱に入れるのが楽しくて、後で慌てておじさんが元に戻したりしていた気がします。
あまりハイパープログラマとかではなくて、大学でJavaをやるからという気軽な気持ちで始めたんです。大学に合格した時にログイン用の個人アカウントを貰っていたので、入学前から大学の端末に入ってJavaのプログラムを動かしたのが多分プログラムとの出会いだったと思います。
そうですね。人工知能をやる上でプログラムは必要だろうとは考えていたのですが、それはあくまでも手段であって、研究ができることの方を重視していましたね。勿論、実験時は動かさなければいけないので、プログラムは組んではいましたけどね。





