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第31回 天野龍司 氏 |株式会社RYUS
川井:では今度は新潟で仕事をされると。
天野:そうですね。最初に行ったのがパソコンショップでしたね。今度は営業系の仕事がやってみたいと思って探してたら、偶然パソコンショップで営業職を募集しているのに出くわしたんです。
川井:普通は販売員職ですよね。
天野:ええ。で、入ったんですが、給料の遅配があったのですぐ辞めました。2ヶ月ぐらいでしたね。お客さんが全然来ない店だったんですよ。でも、たまにお客さんの相談に乗ったりしてました。Accessで宅配伝票を打ち出すものだったんですけど、このプログラムを組ませてもらいました。VBAだったかな・・・何か忘れてしまったんですけど、とりあえずヘルプ見ながら作ったら動きました(笑)
川井:そうですか(笑)そしてお辞めになったと・・・ここまでくると、徐々に仕事の期間が短くなってきているといいますか(笑)
天野:そうですね。その後も短いんです。数日で辞めた仕事とか(笑)
川井:あと幾つぐらいあるんですか?(笑)
天野:細かいのをあげたらキリが無いと思うので(笑)端折りますけど、そのパソコンショップを辞めてしばらくは仕事が無かったんですよね。で、住宅リフォームの会社に入りました。給料につられてなんですが(笑)田舎だから基本的にどの仕事も給料が安いんですけど、そこは歩合も入れてそこそこ良かったので1年ぐらいいました。
川井:長い(?)ですね。
天野:そこはいいシステムがあって、8ヶ月間いると賞与支給があったんです。ただ、入ってみて分かったんですけど、8ヵ月持つ人は少なかったですね。殆どは半年もしないうちにどんどん辞めていきました。で、そこを辞めた後はどこかの水商売のチーフを一週間ぐらいやって・・・(笑)
川井:なるほど(笑)その流れの中で、どういうきっかけでまたコンピュータ業界に戻ってこられたんですか?
天野:コンピュータ業界に戻ってくるまで紆余曲折あるんですけど、1999年に子供が生まれて、出産祝の補助金でパソコンを買いました(笑)その頃就職がなかなか出来なくて、合コンの主催をやろうと・・・昔で言う、ねるとんパーティですか(笑)その頃ネットがブームになり始めだったので、告知のホームページを作ってみたくなって戻ってきました。
川井:HTMLはこの時に勉強されたんですか?
天野:そうですね、ネット上のリファレンスを探して。そこでテキストベースで書けると知りました。その前までは、何か特殊なソフトで特殊なことをしてるんじゃないかと思ってたんですけど、理屈を知ったら「なーんだ」という感じで、これなら作れると思いました。問い合わせフォーム等を作るためにCGIを勉強したりもしましたね。
川井:それで合コンのほうはうまくいったんですか?
天野:駄目でしたね(笑)田舎なので成り立たないんです(笑)男女合わせてたかだか10人しか集まってないのに、その中で申し合わせしたわけでもないのに知り合いが出ちゃうんですよ。人口が少ないのでそういうことが絶対に起きてしまって、これではやっていけないと。しばらくは頑張っていたんですけどね。
川井:でも、これで業界に戻ってこられたということなんですよね。
天野:CGIで色々やっている間に、上越のほうで「起業家養成塾」っていう市が主催する講座があって、そこに試しに参加してみたら、パソコンショップ時代のお客さんがそこに参加してて、お互い近況を話したりしました。そうしたら、「実はあるサイトのリニューアルを検討してて、掲示板等をCGIでやれないものか」という話になって、そのあたりの相談を受けたのを機に合コンはやめて、Webでメシを食うほうに方向転換しました。
川井:ほんと、出会いですね。それで本格的にサイト構築を個人でやるようになったんですか?
天野:そうですね。個人も個人、ほとんどバイトみたいな感じでした。実際その時はまだ営業の仕方も何も知らないし、新潟だったので知り合いがいないんですよね。つても何もなくて。なので、仕事の依頼主からきたものだけをずっとやってたという感じで。田舎は基本的に仕事がないですね。
川井:そう聞きますね。実は私たちも地方から人材が集まるということが良くありまして、去年も鹿児島や北海道から来たりしました。その時に一緒に家を探したりもしましたね。結構来ますよ。
天野:逆に、田舎にいたまま仕事が出来るようにしたいなと思うんですよね。新潟にいた時もそういう会社があったんですよ。一応東京にも本社か支社かがあるんですが、そこには営業が数人だけいて、開発は新潟のほうでやっていて10数人いるんです。こういう形で、開発する部署を地方に作っておいて、別の地域で仕事取ってくる感じで出来ないかなと思ってるんですよ。
川井:国内オフショアみたいな感じですね。

川井:この後はどういう流れになったんですか?
天野:そこでWebを始めたはいいけど食えない状態が続いていたんですが、自分で上越のポータルサイトを作ったんですね。そこでも色んなCGIを使ってたんですけど、デザインがバラバラになるのが嫌なのでテンプレートが使えるCGIを選んでました。ただ、サイトをリニューアルするとテンプレートを全部一からつくりなおさなきゃいけない。これが段々嫌になってきたんです。で、そんな時に「CMS」というのが世の中にあるというのを知っちゃったわけです(笑)その時はOpenACSを触ってみて、これからのサイトは全部これになると思いました。HTMLどうこうっていうのは、これから無くなるぞと。CSMをベースにサイトを構築するのがシステム会社の仕事になって、コンテンツの更新はお客さん自身でやるようになると思ったんです。そうじゃないと、中小企業は自社サイトを持てないと。更新までいちいち依頼してたら、高くて出来ないですよね。なので、絶対普及すると思ったんです。で、自分でも色々CMSを探してたんですけど、その時にであったのがPostNukeですかね。それで、自分の上越ポータルサイトに入れて、運用を始めてみたんです。PostNukeもXOOPS同様、PHPとMySQLで動きます。ちょうど、PHPを触り始めた頃にXOOPSやphpwebsiteも出てきて触ってました。どれが使いやすいか、どれなら人に勧めやすいか考えながらいじって・・・PostNukeも同様にいじってて思ったのですが、段々出てきたのが「英語の壁」ですね。実際CMSを使っていて、バグを見つけて直したりも出来るんですけど、英語が書けないからCMSの作者に連絡が取れないんですよ(笑)で、既知のバグかどうかフォーラムなんかに書かれていたとしても、今度は英語が読めないから分からない。で、それをしばらくやって英語と格闘することに疲れた時に、XOOPSの日本サイトで活発に意見交換をやっていたので、「あ、この方がラクだな」と思ったんです(笑)何かバグがあったら報告できるし、質問も書けるし。で、XOOPSの新しいバージョンが出たのを機に、PostNukeからXOOPSに乗り換えちゃいました。
川井:これはいつぐらいの話ですか?
天野:多分2003年ぐらいじゃないかなあ。確かXOOPS2.0RC3のリリースの頃に完全に移行した覚えがあるので・・・2003年3月・・・その頃ですね。それまではXOOPSは実験的にいじってただけですからね。
川井:この時代だと本格的にCMSで運用する、っていうのはまだ無かったですよね。
天野:そうですね。その頃だとXOOPS以外ではZopeですかね。この2つぐらいじゃないでしょうか。実はZopeを覚えようかと思ったこともあったんですよ。ただ、Zopeってサーバが一般的じゃないんですよね。で、普通のサーバでも動く方がいいなと思ってPostNukeとかXOOPSのほうにいきました。
川井:ZopeってPythonでしたよね。
天野:PythonでサーバがApacheだとか色々書いてあって・・・「一応Apacheでも動きますよ」みたいな書き方だったので、これはビミョーで手が出しにくいなと思って(笑)
川井:なるほど、それで一般的なもので動くほうにいかれたということですね。
天野:その頃、XOOPSも1系と2系があるんですけど、まだ2系は正式リリース前で、いじってる人が少なかったんですよ。で、フォーラムに投稿すると反応があるので、楽しくてどんどんはまっていったんですね。仕事も無いし、いじる時間もあるからいいやと思って(笑)一日中ずっといじってましたね。
川井:なるほど。

川井:その後はどんな流れだったんでしょうか。
天野:長らく新潟にいて、XOOPSをやっているうちに名前が段々売れてきて、「XOOPSの本を一緒に書きませんか?」というお誘いをいただいて、2004年の春に最初の本が世の中に出て、そこから半年ぐらいしたらやっとサイト経由で仕事の話が来るようになったんですよ。それまでは全く来ない状態だったのに、やっと仕事の問い合わせが来始めて。それまでは1ヵ月何も問い合わせが来ないという状態だったのに、多い時は1日2本も問い合わせが来ました。「凄い!何かが変わってる!」と思いました(笑)それで仕事が増えはじめて、段々メシがまともに食えるようになってきました。そこからしばらくして、東京の仕事が増えてきたんですけど、打ち合わせの度に月に何度も東京と新潟を往復してるうちにしんどくなって、「お金が貯まったらちゃんと東京に引っ越そう」と思い始めました。ただ、仕事を依頼される量の波があるのでなかなか引っ越せずにいました。で、そうこうしているうちに離婚しまして・・・一人だと身軽なんですよね。そこそこお金があれば引っ越せるなと思って、埼玉県川口市のほうに引っ越してきました。
川井:それがいつ頃ですか?
天野:いつだったっけな・・・mixiの日記に書いてあったと思うんですが(笑)、ちょっと見直さないと分からないです(笑)
川井:mixiは何というお名前で入ってらっしゃるんですか?
天野:普通に「天野龍司」で検索すると出てくると思います。でも日記の公開は友人までなので(笑)・・・あ、2005年6月ですね。
川井:最近ですね。
天野:それまではずっと新潟でした。
川井:会社を作られて法人化されたのもその頃ですか?
天野:いえ、それは2年前です。それまではずっと個人でしたね。
川井:法人化されたきっかけというのは何だったんですか?
天野:SOHOでやってたんですけど、その頃再婚相手とお互いにSOHOでやってたので、他のやり方に比べてややこしくなってきて、それならば法人化して窓口を一本化しようという話になりまして。
川井:なるほど、それじゃあお二人で始められたんですね。
天野:そうです。最初はマンションの一室を事務所にしてやってました。
川井:ちょうどXOOPSがブームの頃ですよね。
天野:そうですね、仕事は色々来てましたね。
川井:会社としてはCMSだけですか? それとも他のものもされていらっしゃるんですか?
天野:最初の頃はPHPで普通の案件もやってたんですけど、今はとにかくXOOPSに絡めてやってますね。
川井:会社のブランドとしてXOOPSでやってるっていう感じですかね。
天野:そうですね。会社のサイトでも「XOOPS専門」と書いてます。まあ、それでいいのかっていう課題もあるんですけど(笑)
川井:その後の展開はどうですか?
天野:XOOPS関係で知り合った人が一人いるんですけど、去年の秋ぐらいに別の会社を辞めるということで、それならばうちの会社に来る?という話になりまして。段々二人だけで仕事するのも大変だという話もして、来てもらいました。その時はマンションの一室に来てもらったんですけど(笑)、そのきっかけでオフィスを借りようかということを考えだしたんですよね。で、見て回っている時に秋葉原のオフィスを見つけて、場所もいいので借りようと思ったんですが、空きが無くてしばらく待つことになったんですが、すぐに不動産会社から「空きました」と連絡が来ました(笑)で、連絡が来たのはいいんですが、その時あまり仕事が無くてどうしようかなっていう時だったので、結構迷ったんですけど「いずれはいつかは借りるよな」というのと、「何とかなるだろう」という感じで(笑)借りることにしました。去年の12月のことだったと思います。
川井:なるほど。
天野:オフィスを借りた途端、急に仕事が色々入ってきまして、今度は3人じゃこなせない量になってきました。どうしようかと慌ててて、mixiの日記に「誰か手伝って」と書いたら、手伝いますよという声がマイミクの知り合いから上がって、それから来てもらってます。
川井:今何人ぐらいですか?
天野:最初のきっかけになってくれた人は、元々「自分の会社をおこすまで」という話だったので既に辞めてしまって、常勤が私以外に4人、週2日出社が1人、週3日出社が1人ですね。とりあえず仕事の有無に関わらず人は増やそうと思ってますね。出来る人はなかなか採れないので、チャンスがあればその時に誘っておこうかと思っています。
川井:なるほど。確かにそうですよね。


会社社名 株式会社RYUS
http://ryus.co.jp/
設立 2006年7月
代表取締役 天野龍司
資本金 3,000,000円
所在地

〒101-0063
東京都千代田区神田淡路町2-10-6 オークプラザ3F

アクセス JR山手線 「秋葉原」駅 電気街口 徒歩6分
JR中央線 「御茶ノ水」駅 聖橋口 徒歩5分
地下鉄丸の内線 「淡路町」駅 A3出口 徒歩3分
地下鉄都営新宿線 「小川町」駅 A3出口 徒歩3分


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