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サービス&ソリューション

第33回   永原篤 氏 |オープンソース・ワークショップ
永原:話は飛ぶんですが、今のオープンソースっていうのがなんで流行ったのかと考えると、やっぱり色んなものをみんなが提供しているからなんですよね。
川井:そうですね。
永原:少しずつですけど提供している。何か自分の組むプログラムを1つ提供して、みんなが1提供したものが返ってくる。返ってくるとこれは100になってたり1000になってたりする。それがオープンソースかなと思います。
川井:はい。
永原:私は今も特に一つのソフトをもってるわけではないので、ビジネスモデルというか、僕の儲け方そのものをオープンソースとしてみんなに提供していきたいと思ったんです。そうすると同じ効果が起こり始めたんですよね。
川井:なるほど。
永原:僕は1しか出してないんです。「こんな風にしたらけっこう儲かったよ」「いけるかもしれないからやってくれば?」「僕は今、忙しいからこれはやるよ」と、そんな風にしていると、僕は1しか提供してへんつもりなのに色んな人からいっぱい返してもらったりするんですよ。これはありがたいことだと思います。で、みなさんでもっと商売しましょうという話になってくるじゃないですか。もう、すごくありがたいことですね。
川井:なるほどなるほど。
永原:クライアントサーバをやってる頃も、どっちかっていうと教えるのが好きで、覚えたことは人に教えていました。僕は基本的には頭悪いんで、メモリが少ないから覚えたことはすぐ吐き出したいんですね。そうしないと次が入ってこないから(笑)
川井:(笑)
永原:ちょっと覚えたら教える。じゃもうそれは過去のことだ、次次・・・と。
川井:なるほど。インターネットと出会ってからは、最初はどんなことされてたんですか?
永原:とにかく何か・・・あんまりインターネットは見る方ではなかったですね。基本的にモノを作るのが好きなので、「何ができるんや自分で?」といきなりそこに入って、「この世界で自分は何をクリエイトできるんやろう?」とそればっかり数ヶ月考えていたと思います。会社の上司とかに相談して、「誰か何かやってない?」と聞いたりとか。こんな世界があると教えてくれた上司に逆に「なにしてんねん?なんで見てるだけの使う側やねん?作る側にいかんかい」みたいな話をある日突然コロッとし始めました(笑)
川井:あんなに嫌だって言ってたのに(笑)。
永原:いやもう変わったんですよ。昨日のことは昨日のことやから(笑)
川井:面白いですねぇ(笑)
永原:それで、たまたまプログラムはずっと作ってきてそれなりに自信もついてきたところなので、プログラムをばらまいてみようと思ったんです。まだオープンソースっていう言葉も日本にはなかったんですけど、とにかく自分のできることをばらまいてみようと。で、インターネットで当時プログラムっていうと、Javaくらいしかなかったんですね。
川井:そうですね。
永原:当然Javaの書籍なんて日本語のものはなかったので英語の書籍を取り寄せたりしながら勉強しました。Java1.0.2ですね。データベースも何もつながらない、業務的には全く使えない言語ですが、画面上で遊ぶことはできるのでそれを使って作ってみようと思いました。誰かの役には立つだろうと思って、JavaでHPを飾るようなプログラムをたくさん作り始めて、これがけっこううけて雑誌に載せてもらったり紹介してもらったりしたんです。
川井:なるほど。
永原:今でもハンドルネーム「永原ひつじ」っていうのでやってるんですけれども、そのハンドルネームでけっこう有名になっていって、それから仕事の話とかがくるわけです。
川井:はい。
永原:これはしめたもんだ、仕事につながるんだと思いました。というわけで、会社に持って行ってこれをやりたいと言いました。当時から「はねっかえり」だってみんなわかってたんで「またあいつが何か言い出した」といった雰囲気でしたね(笑)
川井:(笑)
永原:だけど会社は「これはできない」って言ったんです。そしたら辞めるか会社を納得させるかどっちかですよね。でも会社を納得させるのはしんどいので、世間を納得させようって思いました。雑誌にもっともっとアピールして、いっぱい褒めてもらって毎月のように会社に持って行ったんです。載りましたよ、次これ載りましたって持って行ったら、黙ってられなくなるはずなんですよ。
川井:そうですね。
永原:で、仕事の依頼とかが来て「仕事の依頼が来たんですけど勝手に受けていいですか?」なんてやっているうちに会社のほうもわかってきて、最後一緒にやっていた佐々木さんという上司が「インターネットの仕事を始める」ということで、二人でインターネット室みたいなところで、ちっちゃく始めたわけですよ。
川井:なるほど。
永原:それがインターネットの仕事の始まりです。そこからどんどんインターネットっていうのを勉強しだして、これからもっともっとインターネットは伸びるだろうと思っていました。
川井:はい。
永原:まだ当時、会社ではメールアドレスが一人1つない時代でした。
川井:当時は大学生がちょっとHPを作っても100万とかもらってましたよね。
永原:そうですね。高かったですよね。自分達もそれで儲けさせてもらったようなところはありますし(笑) まあでもやっぱりそこに至るまでにけっこうお金や時間を使ってるので、今考えると妥当な金額だったとは思いますよ。
川井:なるほど。先行投資して身につけているものがありますからね。その次のステップというか、初めはHPを正式に作るっていうのがスタートだったと思うんですけど、そのあとはどういう風に進化していったんですか?
永原:HPには行かなかったですね。
川井:あ、行かなかったんですか。
永原:はい。我々はあくまでシステム屋さんなので、そこは筋を通そうという風に当時の上司とも話していて、やっぱり僕は商売人なので「何が儲かるか」ということを考えました。HPのデザインでは、僕たちのスキルとは違うので、難しいだろうなと。
川井:なるほど。
永原:僕にはそれが無理やと思ったので、じゃあ何ができるかと考えました。大量の人間を使って大きなプログラムを作ってどんと売れるものはなんだろうって考えたんですね。
川井:なるほど。
永原:それで当時できてた言語のJava、Perlなんかを見ていって、Javaが一番邪魔くさかったんですね。
川井:そうなんですか。
永原:邪魔くさいし時間のかかる仕事やから、逆にこれは当たりやと。邪魔くさい仕事=人がいっぱい要るんですよ。
川井:確かにそうですね。
永原:それでIBM、富士通、日立とかメーカーは何を使うんやろうって見ていたら、なんかJavaって言い出したんです。これは絶対仕事が転がる、と思ってひとりでいきなりJavaだJavaだと言い出しました。大阪で、「Javaって何?」とか言われる中で「Javaだ、これからはJavaだ」って宣伝したんです(笑)
川井:(笑)
永原:その頃東京へも仕事の出張で行ったり来たりしてたんですが、ちょうどアドクリエイションの東京の責任者からも「銀行とかがJavaを採用し始める」とか「インターネットでどうこうし始める」とか聞いて「じゃあ東京や」と思いました。で、会社からも「東京行ってこい」と言われました(笑)
川井:(笑)
永原:ある日社長に飲みに誘われたんです。いつもと同じ飲み会なんだけど雰囲気が違うわけですよ。これはなにかある、いつもの飲みのはずやのに幹部がそろってるので、「東京行けって言ってるでしょ(笑)わかりました。行きます。でも、行ったら帰ってきません。」って言いました(笑)
川井:(笑)それで東京にいらしたんですか。
永原:そうです。転勤で来たんです。8〜9年くらい前ですね。
川井:それまではずっと大阪ですか。
永原:はい。東京に出てくる前の1〜2年はビジネスホテル泊まり歩いて行ったり来たりしてました。
川井:そうなんですね。
永原:こっちへ来てからは、アドクリエイションは大阪が本社だったんで東京支社ということで、大阪より規模が小さくて、上も少ないので今までよりもっと好き勝手できるわけですよ(笑) それでこっちでまた好き勝手させてもらって、インターネットを広めるということで普及活動をしていました。JavaだJavaだと宣伝しまくったわけです。
川井:なるほど。
永原:色んなシステムを一から作ったり、大がかりなものを作ったりっていうのが面白かったですね。
川井:その当時はどんなシステムだったんですか?
永原:詳しくは言えないですけど、Javaで作ったのは、銀行に関わるところも保険にかかわるところもありましたね。Sさんとかは会社がお付き合いが長いので、よく仕事させてもらったりしました。大規模な仕事をさせてもらって、本当にいい機会をいただけたなと思っています。あとはTさんとかにお話いただいたり。
川井:なるほど。金融システムということはCOBOLとJavaが両方できるとは相当使い勝手がいいということですね。
永原:そうですね。両方わかるのでデータをどう流して・・・みたいな話ができるんです。でも当時はかなりハッタリですよ。そんなに中身がわかってるわけでもなく誰にも教えてもらってるわけでもなく、自分で色々調べてできるだろうってやってました。もうとにかく仕事も取らないといかんし。
川井:そうですね。
永原:お客様とも「できますか?」「当たり前じゃないですか」とかそんな感じです。客先に連れて行ってくれたSierさんの名刺も持っているわけですから「当り前ですよ、できますよ」くらいの勢いで言うわけですよ。Sierさんの部長とか真っ青でしたね(笑)
川井:(笑)
永原:いつもそんな感じで自分を崖っぷちに追い詰めながらやってました。楽しかったですよ(笑) 仕事取った後でいつも悩んでましたもん。どうやったらいいんだろうと。
川井:なるほど。残業嫌いっておっしゃっていたので、そういったものを徹夜でどうにかするとかではないですよね?
永原:それは嫌ですねぇ。どろどろするのが嫌ですね。徹底的に考えてから立ち読みしまくるとかしました。もう今日は本屋って決めたら本屋に行って。
川井:あ、そういう勉強の仕方をされて注入したものを全部つけるんですね。じゃあわからなくてむやみに悩みすぎたりっていうのはされないタイプなんですね。
永原:そうですね。走り続けはしますけど、一カ所でじっとしているのは耐えられないです。どこかにネタがあるだろう、誰かが知ってるだろうと思うんですよ。人から引き出すには飲み会しかない!とかね。
川井:やはりオープンソースっていう概念はそういった意味でもずっとお持ちなんですよね。
永原:はい。オープンソースという言葉はなかったですけど、近いかな。うちも今ちっちゃいながらも事業計画というのを立てるんですけれども、理念としての言葉は一つだけで「損して得取れ」です。
川井:はい。
永原:子供の頃から言われてたことです。「損して得取れ」って僕にとってみたらオープンソースなんですね。
川井:なるほど。
永原:損して得を取るんですよ。損って何?っていうとオープンソースそのものです。「出るもの出るもの全部人に提供しなさい」「誰かが困ってる時に、なんで黙ってるの。ライセンス的にコピーできるものを持っているんだからあげればいい」「それは損ではないからあげなさい」と。オープンソースはまさしくそうなんです。
川井:そうですよね。
永原:こっちが作ったオープンソースも、ライセンスが許すもの、お客さんが同意して周りの環境もOKならばどんどん転売すればいいって僕は言います。
川井:なるほど。
永原:売ればいいじゃん、と思います。仮に500万でシステムを納めたとして、「お客さんもなんで500万払うだけなの?300万で2箇所に売ったら儲け出るじゃん」って思うわけですよ。
川井:なるほど。
永原:永原さんそれでいいの?と聞かれるけど、それでもちろんいいんです。絶対にその売った先は、そのまま使わずカスタマイズするでしょ。誰に声をかけてくれるかっていったら、うちでしょ。まさか違うとこに声かけへんよね(笑)
川井:(笑)
永原:「僕はそのシステムを売れって言ってるけど、それはお宅に営業してって言ってんねんで?」というネタもバラすんです(笑)でもそれでお互いラッキーじゃんっていうことなんですよね。
川井:それは、そうですね。
永原:それがオープンソースであって、僕が昔から親父に教えられた「損して得を取る」の精神なんだなと思います。やっぱりお金はあとから付いてきますから。アドクリエイションの副社長に教えてもらった、「お金はな、さみしがりなんや」といういい言葉があるんです。
川井:ふむ。
永原:当時、全然意味わからなくて、何を言ってるんやろこの人って思ったんですけど、今やっとわかりました。お金はさみしがり屋・・・なるほどなと(笑)
川井:なるほど。そうですね。
永原:それでJavaをずっとやっていて、また業界がどんどんJavaという技術に傾いていく中で、Javaの技術が面白くなくなってきたんですけど、それをもとにした派遣が多くなってしまって。二次請け、三次請けになってくるんです。契約の形だけでごまかしてるみたいな世界もあって、僕はそれが嫌なんです。
川井:業界の悪しき構造ですよね。
永原:もう管理職にもなってるし、そういうことも理解しなければいけないとわかっています。でもそんな自分も嫌で、そんなときオープンソースに出会ってしまったんです。最初に見たのはXOOPSっていうソフトです。このインタビューを紹介してくれた天野龍司さんとの関係もそこからです。本当にいろんな機能が、なんでウン千万ってかけただろうってソフトが落ちてるんですか?って思いました。タダで落ちてるし、僕、明日からどうやって商売したらいいんだろう・・・って思いましたね(笑)
川井:なるほど(笑)
永原:もう選択肢は二つなんですよ。見なかったことにするか、飛び込むか。正直、一週間くらい悩みましたよ。もう仕事なんか手に付かへん(笑)
川井:(笑)
永原:どうしたらええんやろなとずっと考えてたんですけど、でももう仕方がない、飛び込もう!と思ってオープンソースのほうへやってきました。
川井:そうなんですね。
永原:そっから、売り物が変わったんですよ。それまではソフトウェアを売っていたような気がするんですけど、今はソフトウェアを売らないんです。「効果」を売るんです。
川井:なるほど。
永原:「欲しいものは何?」って聞くんですよ。「ソフトウェアですか?よかったらここにソフトウェアを並べてあげるから好きなの買って」と。でも、本当は買う人もソフトウェアが欲しいんじゃないんですよね。欲しいのはそのソフトウェアが実現してくれる「何か」なんですよ。
川井:はい。
永原:直接的なECなら「儲け」かもしれない、学校なら「学生が集まる」ってことかもしれないし、「情報を提供できるっていう意義」かもしれない。それを僕は売っていきたかったんです。だからオープンソースは良い武器になってくれます。その先のものを見たい!って思うようになって、オープンソースしかないって気づきました。そうしないといつまでもソフトだけを追い続けてたかも知れないです。
川井:なるほど。
永原:そんな考えはまだ、今から普及していかないといけないという部分があって、まだまだオープンソースっていうのはタダのソフトウェアのことだけだと思っている人も多いと思うんです。でもそれは違います。その裏にあるものを売りたいですね。
川井:うちの役員が元SIなんで、やっぱりシステムの発想なんですね。昔SIっていうのは業務の効率化とか人をコンピュータにやらせるのがメインだったと思うんですけど、今のWebのシステムってシステムではないですよね。やっぱり、人を集めるとか、商売するとか、むしろプロモーション的なツールだと思っているので、発想が違っていて、いい意味で会話がぶつかるんですよ(笑)
永原:(笑)
川井:今の若いエンジニアってどっちよりなのかなーっていうのはわからないんですけど。システムに興味があるのか、サービス構築に興味があるのか、これはちょっとわからないといえばわからないんですよね。
永原:そうですよね。
川井:やっぱり、サービス目的で作るWebサイトとかWebのシステムとか、出来上がってみるとお客さんが使い勝手のいいもんじゃないってことがよく起こりますよね。
永原:うん。それは思います。一般的なHPとかの仕事はあまりしませんけど、たまにHPとか頼まれることがあって、その時に「何が欲しいですか?」って聞くんです。本当はHPが欲しいんじゃないですよね。 「集客したいんですか?」「売りたいんですか?」「グループ内の整合性を合わせたいんですか?」それぞれによって提案の仕方が変わってくるんです。 で、「欲しい結果を絶対検証してくれ」と言います。とにかく「今からもし契約を受けたら、作業開始しても一か月間はありますよね。その間にぜーんぶ数字をとって、数字って何っていうのを一緒に考えましょう。」というところから企業のHPを作ります。
川井:はい。
永原: 「じゃ、今日から一か月電話の件数全部数えてください。」「何件電話があって、その電話がどんな内容で問い合わせは何件ですか?」「その中からほんとに案件につながったの何件ですか?」「アクセスログはどうでしたか?」とか、ほんとに取れるだけの数字をとっておいて、売上も短期だけ2か月だけとっておいて、うちがもしHP作り直した後、3か月くらいして上がってたら余計に金頂戴って言うんです(笑)
川井:なるほど。
永原:下がってたら安い金額のままでええと言うわけです(笑)
川井:それがこの商売の肝ですよね。営業行為というか・・・。プロモーションって売上が目的とか利益目的でやってらっしゃる商売なので。
永原:そうなんですよ。そこが欲しいはずなんですよ。
川井:ですよね。
永原:一回話がおりて担当者に渡ってきた時には、なんか物作らないといけないだけで、公共工事みたいになっちゃってるんですよね。それじゃしょうもないじゃないですか。
川井:そうですね。
永原:「できたー!HPできたー!」って言って打ち上げするんじゃなくて、「できた。そのあと一ヶ月見た。目的達成した。おー、よし数字が達成したー!!やったー!じゃあみんなで飲みにいこ」っていうのが正解じゃないかと思うんです。
川井:なるほどなるほど。 いいですね。
永原:まぁ、そんなことやってるから、ちっちゃくしか商売できないんですけど(笑)
川井:いやいや(笑)でもそれを個人でやるっていうのは、勇気がいることじゃないですか?
永原:そうですね。でも前の会社とも仲良くしてもらってますしね。本当は個人事業主ではなく、いきなり会社作るつもりやったんですよ。でも嫁さんが少し病気とかして、なのでゆっくりやりたいな、と思って。
川井:なるほど。
永原:個人事業主になったのは去年の10月からなんですよ。なので、1〜2年はそういうビジネスモデルを見ながら一人で遊ぼうと思っていて、その上で会社にしようかなと思っていました。
川井:なるほどね。
永原:僕は「遊んでる」って表現するんで、よく怒られるんですけど(笑)まぁ、僕の中では遊びなので楽しんでやってるんですけどね。
川井:そもそも、辞めて会社を作ろうと思った理由はなんですか?
永原:やっぱり人の会社の中では自分のやりたい事はできないんです。
川井:やっぱり最終的にはそうなりますか。
永原:「絶対こっちの方が儲かる」「この方が客が喜ぶ、この方が負荷が減る」というのがあっても、できなくなるんですよ。
川井:なるほど。
永原:僕もそうなる危険性があると思います。だから、それを回避する方法を今のうちに考えておきたいんです。絶対何があっても会社を多少大きくしたくなると思います。だけどそれをせず、その代り小さい会社をいっぱい作るんです(笑)それぞれ自分の育てた部下をどんどん社長にしていけばいいと思ってるんです。そんな事をして遊んでいければいいかなと思ってます。自分が将来にわたって食える分だけ貯めときゃいいかと(笑)
川井:ご家庭の事情でちょっとなかなかすぐには難しいという所と、サービス面ではもうちょっと視野を広げたいってことで今は準備されているという事ですね。
永原:そうですね。とはいえ今年一年で売上的にはそこそこいっていて、今も月100万ちょっとは売り上がってるので。
川井:すごいですね。
永原:まぁ、なんとか(笑)来年は2000万いきたいですね。
川井:どういう御商売が・・・社名といったら・・屋号といったら・・・カラーは何ですかね?
永原:本当にオープンソースの開発ですね。プログラムで開発。 それだけです(笑)

屋号 オープンソース・ワークショップ
http://opensource-workshop.jp/
代表 永原 篤
所在地 〒135-0062 東京都江東区東雲1-9-41-3301
事業内容

オープンソースを中心としたソフトウェアを使用し、お客様にシステムを提案・開発します。

また、関連会社のアドクリエイション株式会社よりご提案させて頂くことも可能です。

関連会社

アドクリエイション株式会社( http://www.adcnet.co.jp )



実はこの方が紹介者→ Webエンジニア武勇伝 第31回 株式会社RYUSの代表取締役・天野龍司氏
次に紹介したのは→ ※現在オファー中!!乞うご期待!!
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